忠臣蔵にはこの近くのかいどうに猪や追い剥ぎが出たりするように書いてあるからむかしはもっとすさまじい所だったのであろうがいまでもみちの両側にならんでいる茅ぶき屋根の家居のありさまは阪急沿線の西洋化した町や村を見馴れた眼にはひどく時代がかっているようにみえる。
「なき事によりてかく罪せられたまふをからくおぼしなげきて、やがて山崎にて出家せしめ給ひて」と、『大鏡』では北野の天神が配流のみちすがら此処で仏門に帰依せられて「きみがすむやどの梢をゆく/\と」というあの歌をよまれたことになっている。
さようにこの土地はずいぶん古い駅路なのである。