思えば久しく渡しぶねというものに乗ったことはなかったが子供の時分におぼえのある山谷、竹屋、二子、矢口などの渡しにくらべてもここのは洲を挟んでいるだけに一層優長なおもむきがあっていまどき京と大阪のあいだにこんな古風な交通機関の残っていたことが意外でもあり、とんだ拾いものをしたような気がするのであった。
前に挙げた淀川両岸の絵本に出ている橋本の図を見ると月が男山のうしろの空にかかっていてをとこやま峰さしのぼる月かげにあらはれわたるよどの川舟という景樹の歌と、新月やいつをむかしの男山という其角の句とが添えてある。
わたしの乗った船が洲に漕ぎ寄せたとき男山はあだかもその絵にあるようにまんまるな月を背中にして鬱蒼とした木々の繁みがびろうどのようなつやを含み、まだ何処やらに夕ばえの色が残っている中空に暗く濃く黒ずみわたっていた。