また匡衡から数世の孫にあたる大江匡房も『遊女記』というものを書いてこの沿岸のなまめかしくもにぎやかな風俗を述べ、江河南北、邑々処々、分流シテ河内ノ国ニ向フ、之ヲ江口ト謂フ、蓋シ典薬寮味原樹、掃部寮大庭ガ庄ナリ、摂津ノ国ニ到レバ神崎蟹島等ノ地アリ、此門連戸、人家絶ユルコトナク、倡女群ヲ成シテ扁舟ニ棹サシ、舶ヲ看撿シテ以テ枕席ヲ薦ム、声ハ渓雲ヲ過ギ、韻ハ水風ニ飄ヒ、経廻ノ人、家ヲ忘レザルハナシといい、釣翁商客、舳艫相連ナリテ殆ンド水ナキガ如シ、蓋シ天下第一ノ楽地ナリともいっている。
わたしはいまおぼろげな記憶の底をさぐってそれらの文章のところどころをきれぎれにおもいうかべながら冴えわたる月のひかりの下を音もなくながれてゆく淋しい水の面をみつめた。
人には誰にでも懐古の情があるであろう。