はて、それはどういうわけなのです、あなたのお父上は十五夜の月がそんなにもお好きだったのですか、そうしてまたおさないあなたをつれて二里も三里ものみちをあるかれたというのは。
さあ、はじめてつれて行かれましたときは七つか八つでござりましたからなにもわかりませなんだけれどもわたくしの父は路次のおくの小さな家に住んでおりまして母は二、三年まえに死去いたし親子二人ぎりでくらしておりましたのでわたくしをおいて出あるくことが出来なんだのでもござりましょう、なんでもわたくしは、坊よ、月見につれて行ってやろうといわれて明るいうちから家を出ましてまだ電車のない時分でござりましたから八軒屋から蒸汽船に乗ってこの川すじをさかのぼったことをおぼえております、そして伏見で船を上ったのでござりましたがはじめはそこが伏見の町だということも知りませなんだ、ただ父が堤のうえを何処までもあるいていきますのでだまってついてまいりましたらひろびろとした池のあるところへ出ました、いまかんがえるとそのとき歩かせられた堤というのは巨椋堤なのでござりまして池は巨椋の池だったのでござります、それゆえあのみちのりは片道一里半か二里はござりましたでしょう。
ですが、と、わたしは口をはさんでいった、なんのためにあんなところをあるいたのです、池水に月のうつるのをながめてあてもなしにぶらついたというわけなのですか。