さればでござります、ときどき父はつつみのうえに立ちどまってじっと池のおもてをみつめて、坊よ、よいけしきであろうと申しますので子供ごころにもなるほどよいけしきだなあと思ってかんしんしながらついて参りますと、とある大家の別荘のような邸のまえを通りましたら琴や三味線や胡弓のおとが奥ぶかい木々のあいだから洩れてまいるのでござりました、父は門のところにたたずんでしばらく耳をすましておりましてやがて何を思いつきましたのかそのやしきの広い構えについて塀のまわりをぐるぐる廻っていきますので、またわたくしもついていきますとだんだん琴や三味線のねいろがはっきりときこえてまいりほのかな人声などもいたしまして奥庭の方へ近づいていることが分るのでござりました、そして、もうその辺は塀が生垣になっておりましたので父は生垣のすこしまばらになっている隙間から中をのぞいてどういうわけか身うごきもせずにそのままそこをはなれないものでござりますからわたくしも葉と葉のあいだへ顔をあててのぞいてみましたら芝生や築山のあるたいそうな庭に泉水がたたえてありまして、その水の上へむかしの泉殿のようなふうに床を高くつくって欄杆をめぐらした座敷がつき出ておりまして五、六人の男女が宴をひらいておりました、欄杆の端にちかくいろいろとおもりものをした台が据えてありましてお神酒や燈明がそなえてありすすきや萩などが生けてありますのでお月見の宴会をしているらしいのでござりましたが、琴をひいているのは上座の方にいる女の人で三味線は島田に結った腰元風の女中がひいておりました、それから撿挍か遊芸の師匠らしい男がいてそれが胡弓をひいております、わたくしどもの覗いておりますところからはその人たちの様子はしかとわかりかねましたけれどもちょうどこちらから正面のところに金屏風がかこってありましてやはり島田に結った若い女中がそのまえに立って舞い扇をひらひらさせながら舞っておりますのが顔だちまでは見えませぬけれどもしぐさはよく見えるのでござります、座敷の中にはまだその時分は電燈が来ていなかったものかそれとも風情をそえるためにわざとそうしてありましたものか燭台の灯がともっていて、その穂が始終ちらちらしてみがきこんだ柱や欄杆や金屏風にうつっております。
泉水のおもてには月があかるく照っていまして汀に一艘の舟がつないでありましたのは多分その泉水は巨椋の池の水をみちびいたものなのでここからすぐに池の方へ舟で出られるようになっているのでござりましょう、で、ほどなく舞いが終りますと腰元どもがお銚子を持って廻ったりしておりましたが、こちらから見たぐあいでは腰元どもの立ちいふるまいのうやうやしい様子からどうもその琴をひいた女が主人らしゅうござりましてほかの人たちはそのお相手をしているようなのでござりました。
なにしろ今から四十何年の昔のことでござりましてそのころは京や大阪の旧家などでは上女中には御守殿風の姿をさせ礼儀作法は申すまでもござりませぬが物好きな主人になりますと遊芸などをならわせたものでござりますから、このやしきもいずれそういう物持の別荘なのであの琴をひいた女はこの家の御寮人でござりましょう、しかしその人は座敷のいちばん奥の方にすわっておりまして生憎とすすきや萩のいけてあるかげのところに㒵がかくれておりますのでわたくしどもの方からはその人柄が見えにくいのでござりました、父はどうかしてもっとよく見ようとしているらしく生垣に沿うてうろうろしながら場所をあっちこっち取りかえたりしましたけれどもどうしても生け花が邪魔になるような位置にあるのでござります、が、髪のかっこう、化粧の濃さ、着物の色あいなどから判じてまだそれほどの年の人とは思われないのでござりまして、殊にその声のかんじが若うござりました、だいぶん隔たっておりましたから何を話しているのやら意味はきき取れませなんだがその人のこえばかりがきわだってよく徹りまして、「そうかいなあ」とか「そうでっしゃろなあ」とか大阪言葉でいっている語尾だけが庭の方へこだましてまいりますので、はんなりとした、余情に富んだ、それでいてりんりんとひびきわたるようなこえでござりました、そしていくらか酔っているとみえましてあいまあいまにころころと笑いますのが花やかなうちに品があって無邪気にきこえます、「お父さん、あの人たちはお月見をして遊んでいるんですね」とそういってみますと「うん、そうらしいね」といって父はあいかわらずその垣根のところへ顔をつけております、「だけど、ここは誰の家なんでしょう、お父さんは知っているのですか」とわたくしはまたかさねてそういってみましたけれど今度は「ふむ」と申しましたきりすっかりそちらへ気を取られて熱心にのぞいているのでござります、それがいまから考えましてもよほど長い時間だったのでござりましてわたくしどもがそうしておりまするあいだに女中が蝋燭のしんを剪りに二度も三度も立っていきましたし、まだそのあとで舞いがもう一番ござりましたし、女あるじの人がひとりでうつくしいこえをはりあげて琴をひきながら唄をうたうのをききました、それからやがて宴会がすんでその人たちが座敷を引きあげてしまうまで見ておりましてかえりみちにはまたとぼとぼと堤の上をあるかせられたのでござります、尤もこういう風に申しますとそんなおさない時分のことを非常にくわしくおぼえているようでござりますがじつは先刻も申し上げましたようなしだいでそのとしだけのことではないのでござります、そのあくる年もそのあくる年も十五夜の晩にはきっとあの堤をあるかせられてあの池のほとりの邸の門前で立ちどまりますと琴や三味せんがきこえてまいります、すると父とわたくしとは塀を廻って生垣の方から庭をのぞくのでござります、座敷のありさまも毎年たいがい同じようでござりましていつもあの女あるじらしい人が芸人や腰元をあつめて月見の宴を催しながら興じているのでござりました、でござりますから最初のとしに見ましたこととその次々のとしに見ましたこととがややこしくなっておりますけれどもいつのとしでもだいたい只今お話したようなふうだったのでござります。