それにしましても父がどういうところからそんなふうな趣味になりましたものか町人にそぐわないようでござりますけれども、大阪も船場あたりの家になりますと奉公人の礼儀作法がめんどうでござりましていろいろ格式をおもんじるふうがござりましたので小さな大名などよりも貴族的なところがあったくらいでござりますから大方父もそういう家庭にそだったせいでござりましょう。
とにかく父はお遊さんを見ましたときひごろ自分のおもっていたような人柄の人だとかんじたのでござります。
なぜそうかんじましたものか分りませぬがすぐまうしろにいたのだそうにござりますから女中どもにものをいうときの口のききかた、そのほかの態度やものごしなどがいかにも大家の御寮人らしくおうようだったのかも知れませぬ。