それも大事な世忰であってみればその児をすてて粥川の家を出られそうなわけがない、のみならず姑さんもあれば、実家の方でも母親は亡くなっていましたが父親はまだ達者でいる、そういう老人たちがお遊さんをああいう風に気随にさせておくのは若後家という境遇をきのどくにおもってできるだけさびしさをわすれるようにさせようという慈しみから出ているので、その代りには一生操を立て通しておくれよという意味がこもっているのだしお遊さんもそれは承知であれだけ栄耀栄華をしても不品行なうわさはきいたこともないので、当人も二度と縁づくりょうけんはないにきまっているというのでござります。
父はそれでもあきらめかねてそういうわけなら嫁にもらおうといわないから叔母が仲に立ってときどき会えるように計らってくれ、自分はせめて㒵を見るだけでもまんぞくするというのでござりました。
叔母はちちがそんなにまで申しますのをそれもきかないとはいいかねたのでござりますがしかしお遊さんと親しくしておりましたのはお互に娘時分のことでもうそのころは疎遠になっておりましたのでござりますから、ちょっとそれもむずかしい註文なのでござりました。