そういえばお遊さんはちちと懇意になりましてからきゅうに顔のいろつやなどもいきいきとしてまいりお静を相手に父のうわさをしますのをこのうえもないたのしみにしている風があったと申します。
父はおしずにそれはそなたの思いすごしというものだからと、とどろく胸のうちをさとられまいとして心外な態度をよそおいながらえんあって夫婦になったうえは不足なところもあろうけれども何もやくそくごとだと思ってくれぬか、そなたの姉様孝行はけっこうなことにちがいないが自分のひとりがてんから筋道の通らぬ義理をたててわたしにつれないしうちをしては姉さんの本意にもそむくことになろう、よもや姉さんはそんなことを望んでいなさるはずがないからそれをきいたらきっとめいわくしなさるだろうといいますとしかしあんさんがわたしをおもらいなされたのは私のあねときょうだいになりたかったからでござりましょう、姉はあんさんの妹さんからそんなはなしをきいておりましたので私もしょうちしておりました、あんさんはずいぶん今日までよいえんだんがありながらどれもお気にめさなんだとやらではござりませぬか、そんなにむずかしいお方がわたしのようなふつつかなものを貰ってくださいましたのはあの姉があるゆえでござりましょうといいますので父はこたえることばがなくさしうつむいてしまいましたら、そのいつわりのないお胸の中をひとこと姉につたえましたらどんなによろこぶかとおもいますけれどもそうしてしまってはかえってお互にえんりょが出るでござりましょうから今はなにも申しませぬがわたしにだけはどうかお隠しなされますな、それこそお恨みにぞんじますといいますので、なるほど、そなたにそれほどの思いやりがあって来てくれたのだとは知らなんだ、そのこころづくしは一生わすれますまいと父もなみだをながしながらそれにしてもわたしはあの人をきょうだいとばかりおもうようにしているのだし、そなたがなんとしてくれたところでそう思うよりどうもなりようはないのだからなまじ義理だてをしてくれるとあの人もわたしもそれだけ苦しまなければならない、そなたとしては面白くないこともあろうが、わたしというものがよくよく嫌いでないのだったらこれも姉さんへの孝行だとおもってそんな水くさいことをいわずに夫婦になってくれまいか、そしてあの人はわたしたち二人の姉さんとして敬っていくようにしようではないかといいますとなんのあんさんを嫌っているの面白くないのとそんな勿体ないことがござりましょう、わたしはむかしから姉さんしだいでござりますから姉さんに気に入っているあんさんなら私かて好きでござります、けれども姉さんの思っている人を夫にしてはすまない訳でござりますから本来ならば此処へまいるのではござりませなんだが、そうかといって私がまいりませなんだら世間のてまえかえって仲が堰かれるようになるとおもってわたしこそあんさんの妹にしてもらうつもりで嫁入りしましたといいますので、そんならそなたは姉さんのために一生を埋れ木にしてしまいなさるのか、妹にそんなことをさせてよろこぶような姉さんでもあるまいに折角きよいこころの人をけがすようなものではないかといいましたら、そういう風にお取りなされてはこまります、わたしも姉さんのきよい心を心としたいのでござります、姉さんが亡くなった兄さんに操をたてていくのなら私だって姉さんのために操をたててみせましょう、わたしばかりが一生を埋れ木にするのではござりませぬ、姉さんにしてもおなじことではござりませぬか、あんさんは御存じないかも知れませぬがあの姉さんは気だても器量もとりわけ人にかわいがられる生れつきで一家じゅうが大名の児を預かってでもいるようにみんな気をそろえてあの人ばかりをかばうようにしておりましたのにその姉さんがあんさんというものがありながらままならぬ掟にしばられていると分ってみれば私がそれを横取りしては罰があたるでござりましょう、姉さんにきこえたらさだめし飛んでもないことといわれましょうからあんさんだけがふくんでいてくださりませ、人に知ってもらえようともらえまいとわたしは自分の気のすむようにいたします、姉さんのようにしょうとく福運のそなわった人がどうにもならない世の中なら私などはもののかずでもござりませぬからせめてすこしでも姉さんをしあわせにして上げたいと最初からその覚悟をしてここへ貰われてまいりました、それゆえあんさんもその気になって人の見ているところでは夫婦のようにふるまっても内実は操をまもってくださりませ、そのしんぼうが勤まらぬようなら私のおもっている半分もねえさんをおもっていないのですとそういうものでござりますからこのおんながあの人のためにこうまで身を捨ててかかっているものを男の己が負けてなるものかと父もいちずに思いつめまして、いや、ありがとう、よくいってくれた、あの人が後家をとおすなら私もやもめをとおしたいのが実はほんしんだったのだ、ただそなたまでも尼も同様にさせてしまってはきのどくと思うばかりにさっきのようにいったのだけれどもその神のようなこころを聞いては礼をのべることばもない、そなたがそれほどの決心ならわたしとてなんのいぞんがあろう、無慈悲のようだが正直のところはその方がわたしも嬉しいのだ、あたりまえならそう願いますといえた義理ではないけれども何もいわずにせっかくの親切にすがらせてもらいましょうとお静の手をとっておしいただいてとうとうその晩はまんじりともせずに語りあかしたのでござりました。
でござりますから父とおしずとはけんか一つしたことのない睦じい夫婦のように人目にはみえておりましたが実はふうふのまじわりをしなかったのでござりまして二人がそんなやくそくまでしてぎりを立てていてくれるとはお遊さんも知らなんだのでござります。