兎に角「人体は吉シ雑類異形ハ悪シト偏執スルハ悟リ無キ故也、相続ノ依身ハイカナリトモ苦シカラズ、臨終ニ何ナル印ヲ結ブトモ思ハズ、思フヤウニ四威儀ニ住ス可シ、動作何レカ三昧ニ非ザラン、念念声声ハ悉地ノ観念真言也」と云うのが南勝房法語の建て前であって、上人が天狗になったことは、上人自身としてはその信念を実行に移した迄である。
増福院に蔵する所の上人の消息文は「蓮華谷御庵室」へ宛てたもので、鷲峰師の説明に依ると、此の宛て名の主は所謂「高野非事吏」の祖明遍上人(少納言入道信西末子)のことであるという。
「近日十津川郷人来当寺領大滝村懸札申云当村并花園村等吉野領十津川之内也仍令懸此牓示之札自今以後者可勤十津川之公事云々此条自由之次第不思議之事候」という書き出しで、全文を掲げるのは煩わしいから省略するが、要するに吉野僧の暴状を見て憤懣の思いを明遍上人に訴えたものである。