又隼人正に従って来た津山甚内は終る所を知らないけれども、乳母は妙心寺南門前下頼浄圓と云う者に嫁いだ、これが田宮氏の祖であって、今もなお妙心寺の脇に住すると云う。
又岩淵夜話に依れば、宗享禅師は泉州岸和田の城主岡部宣勝に扶助せられて極老に及び、岸和田に於いて遷化したとも云う。
尤も、古今武家盛衰記、諸家興廃記、翁草等の記すところは少しく趣を異にしていて、隼人正の大坂脱出を九月十七日の夜であるとし、津山甚内を乳母の父津山喜内と云う者であるとし、それともう一人和田千之助と云う武士が扈従して奥州へ落ち行き、津軽為信の内に知る人があったのを頼って密かにその家の客となり、幸運にも捜索の網を逃れて餘命を完うすることが出来た、現に津軽家の舊臣に杉山氏を称する者があるのは三成の子孫であるとも云う。