即ち此の聞書の筆者安積源太夫は、四十年前に嵯峨の草庵を訪ねた折の記憶を呼び起し、まのあたり膝を交えつゝ尼の語るのを聞いている気持を、いかなる場合にも忘れていない。
されば物語の中から又一箇の物語が派生し、その派生したものゝ方が大部分を占めていながら、そうしてそれが、時には直接法として、時には間接法として語られながら、結局その説話は、盲人から尼、尼から筆者と云う順序を経た又聞きの又聞きたるを免れず、その上筆者が尼に聞いたのが四十年前、尼が盲人に聞いたのが更に四五十年も前であるから、時間的にも可なりの隔たりを想像されるのであって、尼も筆者も、それ/″\に印象がうすれていたであろうし、記憶のあやまりもないとは云えないが、そうして又、慥かに書き方にたど/\しい節も見えるのであるが、そう云ういろ/\の不確実性を含むに拘らず、今日それを読んでも何かしら惻々として胸を打つものがあり、物語の進展に連れて沈痛な盲人の言語風貌が髣髴として現れ来り、深く肺腑に迫るものがあるのである。
が、盲人の話は後に説くとして、先ず尼のことに注意を向けよう。