あの時分のことを考えたら殿様に弓は引けない筈だのに、徳川殿の勢になびいて佐和山城の寄せ手に加わり、その上召し捕り方を引き受けるとは何事であろう。
と、そう云うのが乳母の理窟であった。
都の宿へ着いてからも、今日は摂津守が捕われた、今日は安国寺がと、そんな噂が毎日のように伝わって来るので、娘はそれを聞くたびに、悲しい報道を受け取る時が近づいて来たような豫感を抱いて、半分はあきらめていたのであったが、或る日のゆうがた、外から慌てゝ帰って来た乳母の顔色を一と眼見ると、「さては」と察しがついたのであった。