乳母の話では、とう/\治部少輔が掴まったと、廣い都の辻々で町の人々が寄ると触るとそのことを語り合っている、召し捕られたのは九月の二十一日で、江州伊香郡の古橋村と云う所へ出ていらしったのを、兵部大輔の家来の田中伝右衛門と云う者の手で捕えたと云う。
委しい様子は分らないけれども、最初殿様は伊吹山へお逃げになって、そこで附き従う侍共とお別れになり、渡辺勘十、磯野平三郎、塩野清介の三人だけを連れられて浅井郡の草野谷に出られ、草野谷から大谷山へお這入りなされ、その山の中に暫く潜んでいらしったが、やがて三人の人達にもお暇を下されて、たったお一人で高野村から古橋村へ出ていらしった。
それと云うのは、古橋村は舊領地のことでもあり、法華寺の三殊院と云う寺坊にいる善説と云う坊さんが、幼い時分の手習いの師匠であったから、その人を頼っていらしったので、一日二日はその坊さんに匿まわれていらしったけれども、村民たちが感づいて来たので、今度は同じ村内の百姓の与次郎太夫と云う者の所へお逃げなされた。