それで殿様も与次郎太夫の難儀を察しておやりになり、もはや天運が盡きたものと観念なされて、兵部大輔の陣所へ訴えて出るように御自分から仰せつけになったのだと云う。
乳母は娘を物蔭へ呼んで、町で聞いて来た一部始終を告げてから、又しても兵部大輔が憎いと云って泣いた。
与次郎太夫の訴えに依って、田中伝右衛門が召し捕りに向ったこと、乗物に乗せて井ノ口村に送ったこと、そこに三日間泊め置かれてから、兵部大輔が自ら守護して犬上郡の高宮を経、守山に一晩泊まって、明くる日大津の内府殿の陣屋へ連れて行かれたことなど、その日/\の父の様子は、誰云うとなく事も細かに伝えられて、巷の人の口の端に上り、世を忍ぶ身の娘や乳母にも聞えて来た。