乳母は変った父の姿を子供に見せてよいか悪いかについて考えていたらしいのであるが、遠い所なら知らず、お父様が河原の露とお果てなされたちょうどその折、同じ都のこんな近くに宿をお取りになりましたのも親子の縁の盡きぬ證拠、きっとお姫様に会いたいと思し召して、お呼び寄せになったのでございましょうと云うのである。
それに、今わの父が有難い上人の読経をしりぞけ、念佛をさえ唱えずに死んだことを何よりも歎いて、お姫様が回向をしてお上げなされませ、どんな貴い坊さんの供養にもましてお喜びになるでございましょうなどゝ云うものだから、もうあたりが薄暗くなった黄昏頃に、たった二人で人目を避けながら出かけて行った。
乳母の言葉は道理に違いないようなものゝ、娘のほんとうの気持を云うと、父が自分に会いたがっているであろうとは、此の間首を斬られる時に「あの児はどうしているか知らん」と自分のことを思い浮かべてくれたであろうとは、夢にも考えられないのであった。