幻庵は此の風習に禍根の存することを憂えて、「座頭とても男の眼のくらきにて候、女中方へ案内なしに立入るものにてはなく候」と云い、「なれ/\しくは御置き候まじく候」「なれ/\とは召し候まじく候」とも云い、彼等に酒肴を賜うのにも「御つぎにて給候か、又御待たせ候て後に御肴給候て」などゝ細かい注意迄しているが、但し古くより召し使うて素性や気心の知れている「みん一」とか「さ一」とか云う者共は此の限りにあらずとして、「御心易くお呼び候ても苦しからず候」と云い、絶対には禁止していないのである。
北条早雲ならびに幻庵の話が出たついでに、下妻左衛門尉の師匠であった伊豆圓一のことを記しておこう。
中山太郎氏著「日本盲人史」に引用してある「本朝盲人伝」に曰く、