「まことのことを申しますなら、じつは愚僧は、まだその折にはめくらになっておりませなんだ。
あれは文禄元年の夏、君のお供をいたしまして朝鮮国へ渡海いたし、かの国のみやこ京城と申す所に屯いたしておりましたが、あくるどしの正月碧蹄館のたゝかいに明の大軍を打ちやぶりまして味方が大勝利を得ましたことがござります。
然るにそれから間もなくのこと、或る夜愚僧を御前へお召しになりまして、人を遠ざけて仰せられますのには、その方を見込んで密々に申し附けたい大事がある、某ちかごろ名護屋のたよりを承るに、勿体なくも淀君さまには御懐姙なされた由であるが、それにつけて心がゝりなのは聚楽におわします関白殿。