左様でござります。
あの、文禄四年八月二日、この前の河原でお果てなされた上﨟様方、今此の塚の下に眠っていらっしゃる方々は、すべてゞ三十四人と云うおびたゞしい数でござりますが、愚僧がはじめて奥向へつとめましたころにも、ずいぶん大勢のお部屋さま方がいらっしゃいまして、分けても君の御寵愛を蒙っていらっしゃいましたのは、若君仙千代丸さまの御母上、おわこの前と申すお方。
このお方は美濃の国の住人日比野下野守のおんむすめで、お亡くなりなされました時が十八歳でいらっしゃいましたから、当時はよう/\十六歳でござりましたが、何分総領のお子様をお生みなされましたので、とくべつのお情がかゝっていたようでござりました。