萬一そう云うことであるなら、雲上の出であるからと云ってさまで別人あつかいをするには当らないが、しかし嵯峨の尼は、順慶が此の一の台の局のことを云い出す時にはいつも面上に一種の感激が溢れていたのを見たと云う。
事実順慶は、三十人にあまる秀次の嬪妾のうちで彼女を一段と高く崇めており、いかなる場合にも敬慕の念を失うことがないのである。
「愚僧などが拝みましたところでは、御器量と申し、品威と申し、ひときわすぐれていらっしゃいましたので、此のお方こそ誰方様にも優して御寵愛がありそうなものだと存じましたのに、そうでもござりませなんだのは、やはりお子様がなかったせいでござりましょうか。