はや/\とまつら人(松浦人)おこし候事、まんぞくにて候、そもじよりれい申候べく候、さだめてまつうら、こをひろい候て、はや/\と申こし候間、すなはち、このなはひろいこと可申候、した/\まで、おのじもつけ候まじく候、ひろい/\と可申候
とある通りで、当時一般に行われていた迷信とは云いながら、太閤ほどの英雄が我が子の成長を祈るためには如何に心を労したかゞ分るのであるが、ついで翌年の正月から伏見城の大土木を起したのも、可愛い秀頼に大坂の城を譲ってやりたさに、己れ自身の隠栖の地を求めたゝめであった。
これより先太閤は、嘗て松永久秀が多聞城を築いていた大和の国志貴山の地を相したが、あまり辺鄙に過ぎるところから、改めて京坂の間に候補地を物色して伏見に定めた。