文禄二年と申す年は正月に先帝がおかくれになりましたので、天下一統、生類を殺すことを慎み、畿内近国は浦々の猟漁をいたさず、洛中にては魚鳥を販ぐ物売りの声も聞えないほどでござりましたが、関白殿は世の思わくをもお考えなさらず、とき/″\北山や西山あたりへお出ましなされ、鷹狩や鹿狩をなされましたので、何者の仕業か、一条の辻に札を立てゝ、
諒闇の世を憚らぬ狩なれば
これや殺生関白と云ふ
文禄二年と申す年は正月に先帝がおかくれになりましたので、天下一統、生類を殺すことを慎み、畿内近国は浦々の猟漁をいたさず、洛中にては魚鳥を販ぐ物売りの声も聞えないほどでござりましたが、関白殿は世の思わくをもお考えなさらず、とき/″\北山や西山あたりへお出ましなされ、鷹狩や鹿狩をなされましたので、何者の仕業か、一条の辻に札を立てゝ、
諒闇の世を憚らぬ狩なれば
これや殺生関白と云ふ