殿は、いや/\、覚束ないぞ、もし仕損じて捕えられたら何とする、止せ/\と仰っしゃったそうにござりますが、常陸介はそのゝち所労と申し触らして出仕を止め、直ぐに大坂へ罷り下ったのでござります。
然るにその夜太閤殿下は伏見へ御上洛なさるところでござりまして、宿直の者たちが厳しく番をいたしており、方々の御門を固めていたのでござりましたが、難なく忍び入りまして、奥御殿の様子を窺いますと、女房達の話声がして、もう上様は枚方あたりまでお上りになった時分であろう、などゝ云うのが聞えて参りましたので、さては御運の強き大将軍にてましますことよ、今夜此の城においでゞあったらお命を申し受けようものをと、歯噛みをしたのでござりました。
でもそのまゝ帰りますのも残念と存じて、お天守へ参り、殿下御秘蔵の水差の蓋を取りまして急ぎ聚楽へ罷り上り、関白殿の御覧に供えましたところ、その水差と申しますのは、もとは堺の数寄者の物でござりましたが、宗益と云う者が求め出して関白殿へ献上いたしましたのを、後に殿より太閤殿下へ差上げた品でござりましたから、不思議なこともあるものよ、他の品ならば疑わしくも思うであろうが、これは自分が昔手馴れた水差の蓋に紛れもないと仰っしゃって、暫くは何のお言葉もなく、溜息をついていらしったと申します。