そうして相変らず殺生の悪戯をつゞけ、しば/\鹿狩や夜興に出かけたが、そう云う場合にいつも兵具を携えて、物々しい様子をしていたので、附き従う者共も具足や兜などを密かに挟箱に入れて持ち歩き、恰も戦場に赴く軍隊のような感があった。
それらの行為は、たとい叛逆の意志がなかったとしても、少くとも太閤の疑惑を招くには十分であって、軽卒の咎めは免れられない。
「それから、あの吉野山のお花見から一年の後、文禄四年二月の中ごろのことでござりました。
そうして相変らず殺生の悪戯をつゞけ、しば/\鹿狩や夜興に出かけたが、そう云う場合にいつも兵具を携えて、物々しい様子をしていたので、附き従う者共も具足や兜などを密かに挟箱に入れて持ち歩き、恰も戦場に赴く軍隊のような感があった。
それらの行為は、たとい叛逆の意志がなかったとしても、少くとも太閤の疑惑を招くには十分であって、軽卒の咎めは免れられない。
「それから、あの吉野山のお花見から一年の後、文禄四年二月の中ごろのことでござりました。