その時殿は、びっくり遊ばしたようなお声で、何、何と云うぞと重ねてお尋ねなされましたので、さればでござります、眼が開いておりますると盲人の真似をしておりますることを忘れて、いかなる不覚を取らぬとも限らず、かくてはお役目が勤まりかねると存じまして、小柄を以て両眼を抉りましたのでござります、と申しましたら、暫く何のお言葉もござりませなんだが、やゝあって仰せられますのに、それは近頃珍しき所行じゃ、しかしつら/\考えるのに、そちのしたことは忠義のようで忠義にあらず、餘人を欺くことは出来ても此の三成を欺くことは叶わぬぞ、その方座頭に相成ったのは一時の方便ではないか、たとい現在は姿を窶して当道の座に加わっておろうとも、やわか軽々しく両眼を害うことやある、又その方が盲人の真似を致せしは、敵方に油断をさせて様子を探るためではないか、然らば人一倍眼も見え、耳も聞ゆるようにとこそ願うべきに、物も見えず、進退にも事を缺くように相成、何として手柄をたて得らるゝぞ、役目を大切に存ずる故にまことの盲人になり果てたりと申すこと、少しも言分立ち難し、父母より受けたる身体髪膚を妄りに毀り傷つくるは古人の戒むるところであるのに、その方が行いは、旁〻以て不審に存ずる、斯程の道理を弁えぬ其方とも思わなんだが、と、苦々しそうに仰っしゃりますのを伺いまして、背中より冷汗を流しまして、たゞもう恐れ入ったのでござりました。
それにしましても治部殿は、愚僧の苦しい申訳がその場限りの出まかせであることを、観破なされたのであろうかと考えましたら、畳にひれ伏しておりながら、殿の鋭いお眼の光に射抜かれているように感ぜられ、体が竦んでしまいまして、いっかな頭を挙げることも、物を云うことも出来ませなんだ。
すると重ねて、その方の如き態になって、武士の扱いを受けようなどゝは笑止の至り、左様な者に大事な役目を云い付けたのは某が不覚であった、思えば憎き奴なれども、手討ちにするさえ汚れであるから、永の暇を取らせるぞ、とく/\此処を出て失せよと仰っしゃって、そのまゝ奥へお這入りになったのでござりました」