いつの時代の誰の作かは明かでない。
萬治二年の版があるそうだが、作者はこれを国史叢書の中に収めてある活字版で読んだ。
さしたる名文と云うのではなく、たど/\しい稚拙な書き方であるけれども、南北朝頃の世相が窺われる上に、第一の法師から、第二、第三の法師になるほど話が複雑で面白く、組み立てもまとまっているし、哀愁が心の全篇を貫いているところは文学的に相当の価値を認めてよい。
いつの時代の誰の作かは明かでない。
萬治二年の版があるそうだが、作者はこれを国史叢書の中に収めてある活字版で読んだ。
さしたる名文と云うのではなく、たど/\しい稚拙な書き方であるけれども、南北朝頃の世相が窺われる上に、第一の法師から、第二、第三の法師になるほど話が複雑で面白く、組み立てもまとまっているし、哀愁が心の全篇を貫いているところは文学的に相当の価値を認めてよい。