私はそゞろに眼もあてられない思いがして、涙を流して通り過ぎようとしましたが、ふとそのあたりにいやしい身なりをした一人の尉が田を打っていますのを見て、これに聞いたら以前のことを知っているだろう、尋ねてみようと思いまして、もし、尉どのよ、こゝは何と云う所ですかときゝますと、尉は着ていた日笠をぬいで、篠崎と申す所ですと答えるのです。
では何と云う方の御領分ですかと、かさねてきゝますと、篠崎殿の御領分ですと云いますから、さては私の一族のことを知っているなと思いましたので、田の畔に腰を休めて、それとなく話しかけましたところが、尉も鍬を杖につきながら、こゝの御領分を持っていらしったお方と云うのは、もとは篠崎掃部助どのと申して何事にも人にすぐれていらしって、楠殿も大切に思し召し、御一族のうちでも取り分け頼みになすっていらしったのですが、その御子息の六郎左衛門どのと云うお方の代に、楠どのが京方へ降参なすったのをお恨みになって遁世なされたぎり、何処へおいでになったのやら今におん行くえも分りませぬ、当時は北国にいらっしゃるとも聞きますし、御他界なされたとも云いますけれども、これと申すたしかな便りがあった訳ではないのです、と、そう云って涙をながしますので、私も涙をおさえながら、そしておん身は身内の人ですか、それとも御領分の人ですかと云いますと、此の尉は年頃御領分の中に住んで百姓をしております者です、六郎左衛門殿が御遁世なされてからは、当所は荒れて、宮仕えをする者が一人もなくなってしまいましたから、わたくしなぞは数へも入らぬ詰らぬ身分ではありますけれども、御台や御公達のおんありさまを拝みますにつけ、あまりおいたわしゅう存じますので、自分の仕事を打ち捨てゝ、此の五六年のあいだ御奉公をいたしております、六郎左衛門殿の御遁世の折、三つになっていらしった姫君や幼い若君を振り捨てゝお出ましになったので、二人のお子を、母御がとかく苦労をなすってお育てになっていらっしゃいましたが、此の上﨟さまもあかぬ別れの思いをなすって、そのおん歎きが積ったせいでもありましょうか、とう/\病人におなりになり、去年の春ごろからおわずらいになって此の程じゅうは食事を絶やしていらしったのが、あえなく御他界なされてから今日で三日になるのです、それにつけても御公達のおん悲しみはどれほどでしょうか、はたで見ておりますわたくしでさえ眼もくれ心も消えるばかりに思われます、あれ、あすこを御覧なさいまし、あれに見えるあの松の下にお埋め申してあるのですが、おさない方々は毎日お二人して泣く/\荼毘所へお参りになります、きょうもお供をいたしましょうと申しましたら、いや、きょうは供をしてくれずともよいと仰っしゃいましたので、こうして人なみに田を打っておりますものゝ、これとてもわたくしの身のためではありませぬ、御公達のおん行末を考えましたら、おいたわしくてなりませんので、あの方々のお世過ぎのために田を打っております、そんな訳で此の尉の事をお打ちお打ちとお呼びになって、お打ちでなければ夜も日も明けぬように頼りになさるものですから、わたくしもどんなに有難く勿体なく思っておりますことか、今日もお帰りがおそいのを案じてあの松の方ばかり見守っていますので、田を打つことも一向に身にしみませぬ、と、そう云ってさめ/″\と泣くのでした。
わたしはあまり不便に思い、こう云う賤しい男でもこれほどのなさけは知っているものを、自分は何と云う邪慳なことをしたのだろう、この私こそその六郎左衛門入道なのだと名のってやろうかと思いましたが、いや/\それでは長の年月の修行が無駄になってしまうと考え直して、まあ、ほんとうに有難い事です、何処の世界に尉殿のような志の人があるでしょう、あゝ、お気の毒な、世の中にこんな哀れなことがあるでしょうか、そのいとけない人たちのおん歎きを思いやっては、何とも申しようもありませぬ、愚僧も実はそれほどの事迄はありませんけれども、それによく似た思いをしたことがあるのです、何より頑是ない人の父や母におくれたのほど悲しいものはありませぬと申して、ころもの袖を顔にあてゝ泣きますと、さてはお僧も昔そう云う思いをなさいましたのですかと、一所になって声も惜しまず泣くのです。