あれこそ我が子よと思いながら、上﨟たちはどうしてこんな所にいらっしゃるのですかと尋ねますと、その返事はしないで、あゝ嬉しいこと、今日はお母さまがお亡くなりになって三日目になるものですから、今わたしたちはこゝでお骨を拾っていましたら、ちょうど折よく御僧がお通りになったのです、ほんとうに嬉しゅうございます、恐れながら、お経を遊ばして下さいますなら御利益でございますがと、掻き口説きますので、その時の思いはさらに夢ともうつゝとも、たとえようもありませなんだが、辛くも気を取り直してその幼い者たちをつく/″\と見ますのに、姉は九つ、弟は六つになっていまして、さすがに下﨟の子供には似ず、すがたかたちもいたいけなさまをしております。
親子恩愛の道ですから、すぐにも抱きついて父よと名のろうと思う心は百たび千たびも起りましたけれども、いや/\、そんな弱いことでは今までの難行苦行が無になってしまい、佛道に入ることも出来なくなろうと、怺えていましたつらさを、どうぞ思いやって下さいまし。
さて子供たちのすることを見ていましたら、玉の手箱の蓋の方を姉が持ち、懸子の方を弟が持って、誰が教えたのか、竹と木の箸で骨を拾っております様子に、なおさら言葉のかけようもなくてたゞ泣かされてしまいましたが、はる/″\時がたってから、上﨟たちはまだ幼くていらっしゃるのに御自分たちで骨を拾っておいでになるのは、大人の方がいらっしゃらないのですかと云いますと、わたしたちのお父さまは遁世をなされてお行くえが分らず、そのゝちは下男のじいやが一人で世話をしてくれるのですけれど、今日は供にも連れて参りませんでしたと云って、それきりあとは物をも云わずに涙を咽んでいるのです。