「………そも/\女人のやさしさ美しさ、絵にも文にもかきつくしがたく、何にたとえ何にくらべてか告げまいらせ候わん。
………きのうもよどの津に舟をうかべて、江口ともうすところに参りそうらえば、川ぞいの家々よりあまたの遊女たち水にさおさして寄りつどい候ありさま、せいしぼさちの降り立ちたまうか、楊柳観世音の仮形したまうかとあやしまれて、世にもめでたくありがたくおぼえそうらいしに、やがて千手が舟をめぐりて口々に催馬楽をうたいどよもし候えば、何にてもあれ、歌一首きかせてんやと申しそうろうほどに、一人の遊女ふなばたをたゝいて、有漏路より無漏路へかよう釈迦だにも、羅睺羅が母はありとこそきけと、くりかえしくりかえし、節おかしゅううたい出で候ものか。
その前後の文章は、千手が渾身の力をこめて、瑠璃光の道心を突き崩そうとして居るような書き方であった。