小さな渡し船は、川幅よりも長そうな荷足りや伝馬が、幾艘も縦に列んでいる間を縫いながら、二た竿三竿ばかりちょろちょろと水底を衝いて往復して居た。
私はその時まで、たびたび八幡様へお参りをしたが、未だ嘗て境内の裏手がどんなになっているか考えて見たことはなかった。
いつも正面の鳥居の方から社殿を拝むだけで、恐らくパノラマの絵のように、表ばかりで裏のない、行き止まりの景色のように自然と考えていたのであろう。
小さな渡し船は、川幅よりも長そうな荷足りや伝馬が、幾艘も縦に列んでいる間を縫いながら、二た竿三竿ばかりちょろちょろと水底を衝いて往復して居た。
私はその時まで、たびたび八幡様へお参りをしたが、未だ嘗て境内の裏手がどんなになっているか考えて見たことはなかった。
いつも正面の鳥居の方から社殿を拝むだけで、恐らくパノラマの絵のように、表ばかりで裏のない、行き止まりの景色のように自然と考えていたのであろう。