あの時、来賓総代として両家の万歳を唱へて下すつた戸川秋骨先生が、あれから間もなく逝去されたかと思ふと、今また先生の訃音に接するとは、まことに人事匇忙の感が深い。
私が始めて先生にお目にかゝつたのは、たしか明治四十四年の正月、読売新聞の主催で、紅葉館に都下藝術家の新年宴会があつた、その席上に於いてであつたが、さいはひ私は当時のことを、「青春物語」の中に書いてゐるので、今その一節を引用して見よう。
招待を受けたのは、都下の美術家、評論家、小説家等で、大家と新進とを概ね網羅し、非常に広い範囲に亙つてゐた。