但しその時の当局の話では活字にして売り広めなければよいといふことであつたので、滞りがちの稿をついでどうやら上巻に予定した枚数に達したのを機会に、知己朋友に頒つことを目的とした私家版「細雪」を上木したところ、これがまた取締当局を刺戟し、兵庫県庁の刑事と云ふものゝ来訪を受けたことがあつた。
その時私は折よく熱海に行つて留守であつたので、家人が応対したところ、今度だけは見逃すが今後の分を出版するやうなことがあつたらどうとかすると云つて脅かしたと云ふ。
さうして始末書の提供を要求したので、旅行中不在の由を告げると、それなら熱海へ出張すると云つて帰つて行つたと云ふことであつた。