しかしまた一面から考へれば、戦争といふ嵐に吹きこめられて徒然に日を送ることがなかつたならば、六年もの間一つの作品に打ち込むこともむづかしかつたかも知れなかつたのであるし、今云ふやうに頽廃的な面が十分に書けず、綺麗ごとで済まさねばならぬやうなところがあつたにしても、それは戦争と平和の間に生れたこの小説に避け難い運命であつたとも云へよう。
戦争の影響と云へば、この小説に書かれた事柄それ自身が、日本が戦争の準備期に入り、だん/\内部的に変質して行くと云ふか、いろ/\の横辷りを生じて行く時代の様相と繋つてゐるのであるから、何年何月にはかういふことがあつたと云ふやうなことを年代記風に覚え書にして、それに対応したあらすぢも終りまで書いておかねばならなかつた。
たとへば自動車一つに乗せるにしても、その頃その辺で自動車が拾へたかどうか、拾へても料金はどの位だつたか、といふやうなこと、それから東京へ来させるにしても三等寝台はその頃なくなつてゐた筈ではないかとか、さういふこともいろ/\調べておかないと妙なことになつてしまふ。