そして、当主と云うのは早稲田の商科出の本年四十四五歳ぐらいの男であること、彼が妻を亡くしたのは二三年前のことであり、その妻は某堂上華族の出であったこと、亡妻との間に二人か三人子供がある筈であること、貴族院議員をしていたのは当主の父親であるが、資産状態は今も決して悪くはなく、先ず名古屋附近で屈指の富豪の中に数えられるであろうこと、―――等々は大体分ったけれども、当主の人物や性行など、細かいことに就いては誰もはっきりした返事をしてくれなかった、と云い、何にしても華族と縁組をするくらいな千万長者が、二度目とは云いながら、没落した蒔岡家の娘を貰ってもよいと思っていると云うことが、腑に落ちない、それが本当とすれば、何か知ら先方に対等の縁組が出来ないような欠点があるのかと思えるけれども、まさか菅野の未亡人がそんな所へ雪子ちゃんを世話する積りでもあるまい、と云うのであった。
それで、考えられることは、矢張器量好みと云うようなこと、―――純日本式の、昔の箱入娘風の感じの人をと云う注文で、金に飽かして捜さしていたところへ、たまたま雪子のことを聞き、では兎も角も会って見ようと云う好奇心を起したか、或は又、蘆屋の家では母親以上に姪から慕われているそうだとか、いつも母親に代って姪の面倒を見てやっているのだとか、云うような評判が耳に這入って、そう云う人なら先妻の子供を可愛がってくれるであろう、子供との折合さえよければ他のことは敢て問わないと云う、案外真面目な動機から雪子に目星を付けたのであるか、まあその辺より外にないのであるが、恐らくこの二つのうちの前者ではあるまいか。
蒔岡家の娘はこれこれの器量であると聞いて、どんな顔つきだか見てやろうと云う程度の、軽い好奇心を湧かしたので、会って見ても損はあるまいと云った風な、冷やかし半分の気持ではないのかと思えるのであったが、本家がそれらの点を十分に突き止めもしないで、その申込みを雪子に受諾させようとするのは、察するところ、辰雄が菅野の姉に対して「いや」と云うことが云えないからであるらしかった。