勿論薄くなっている時は、知らない者には分らない程度であるが、気にする者には非常に微かに痕が残っていることが分った。
それに、以前は月の病の前後に濃くなる傾向があり、大体週期的に現れるようであったのに、近頃は全く不規則になって、どう云う時に濃くなるとも薄くなるとも予測が付かず、月のものとは関係がなくなったようにさえ見えるので、貞之助も気にして、注射が利くならさせて見たらと云ったことがあり、幸子も誰か専門の人に診せて見ましょうと、いつもそう云ってはいたのであった。
が、先年阪大で診て貰った時に、注射は何回も続けなければ効果がありませんし、結婚なされば直るものですからそれには及ばないでしょうと云われたことがあり、見馴れてしまうとそう目障りになる程の欠陥とも感じられず、身内の者だけが気にするので、世間は格別問題にしていないようにも思え、それに何よりも、当人が一向神経に病んでいないところから、そのままにしていたのであったが、生憎今日のように厚化粧をすると、却ってそれがお白粉の地の下から浮き上って、斜めに透かした時に検温器の水銀のように際立つのであった。