その、二度目の時は、たしか離れ座敷が新築されたので、披露の意味をもかねて招かれたのであった。
故老人が、時々昼寝をしたり、棋を囲んだり、逗留客を泊めたりするのに建てたのだと云って「爛柯亭」と名づけていたその一と棟は、八畳に六畳の次の間があって、母屋へは「く」の字なりに中途で一つ曲っている長い長い渡り廊下でつながっており、此処だけは多少数寄屋風を取り入れた、洒落れた作りになっていたけれども、決して悪く華奢にはならず、矢張何処かに田舎の郷士の家らしい大まかな味のあるのが、何となく好もしい感じがしたが、今度も亦その爛柯亭へ通されて見ると、あれから十数年の時代の光沢を帯びたせいか、あの時よりも一層落ち着きのある、静かな部屋になっていた。
「まあ、ようおいでなされました。