………でも蛍狩と云うものは、後になってからの思い出の方がなつかしいような。
………幸子は蛍狩と云えば、文楽座で見た朝顔日記の宇治の場面、―――人形の深雪と駒沢とが屋形船の中でささやきを交す情景を知っているだけで、妙子が云ったように友禅の振袖などを着て、野面の夕風に裾や袂を飜しながら、団扇で彼方此方と蛍を追うところに風情があるのだと、何となく思い込んでいたのであったが、実際はそんなものではなく、暗い畦路や叢の中などを行くのですから、お召物が汚れます、どうかこれにお着替えになってと云って出されたのは、今夜のために特に用意したものなのか、それともいつも貸浴衣代りに備えてあるのか、幸子、雪子、妙子、悦子にまで、それぞれちゃんと柄行きを見立てたモスリンの単衣であった。
ほんまの蛍狩は絵のような訳には行かんねんなと、妙子は笑ったが、何しろ闇夜程よいと云うのであるから、着る物に都雅を競う面白さはなかった。