宵のそれらの出来事が、あとさきの順序もなく幸子の頭の中で蛍火のように入り乱れたが、自分は夢を見ていたのか知らん、そう思って眼を開くと、小さい電燈の燈っている頭の上の欄間に、昼間見覚えのある額が懸っていた。
それは「爛柯亭」と記した奎堂伯の書で、「御賜鳩杖」の関防が捺してあるのだが、「奎堂」が誰であるかも知らない幸子は、ただ「爛柯亭」の三字を読んだだけであった。
と、暗い次の間の方で、何か光ったものが横に流れたけはいがしたので、首を擡げて見ると、何処からか迷い込んだ蛍が一匹、蚊遣線香の煙に追われて逃げ場を求めているのであった。