この、変に切り口上な二通の手紙は、いろいろの意味で夫婦をもう一度不愉快にさせないでは措かなかった。
その第一は、これが見合いの相手からはっきり「落第」を宣告された最初の経験であると云うこと、―――始めて此方が「敗者」の烙印を捺される側に立たされたこと、―――にあるが、それは予め覚悟していたことだとして、夫婦が甚だ気を悪くしたのは、沢崎と菅野未亡人との手紙の書き方、―――この事件の取扱い方、であった。
そう云うことを云って見ても始まらないけれども、沢崎の手紙は罫引きの書簡箋一枚へ(先日幸子が未亡人の許で見せられたのは巻紙へ毛筆でしたためてあったのに)一杯に収まるようにペン字で書いてあり、先ずそのことからして感じが悪く、文面に依ると「その後協議申候処」とあるけれども、実際はあの十日の日に腹を極めて帰ったに違いないので、直ぐにも断りを云うべきところを、遠慮して中一日置いたものと推量された。