でも、箕面の方に移ってからは、もうそう長くないことが分ったので、前よりは頻繁に見舞いに行くことを許されたが、臨終の日は朝早く電話が懸って来、幸子達が駈け付けると間もなく息を引き取ったのであった。
それは、その数日前から降りつづいた秋雨がなおも降り止まず、瀟々と病室の縁側の硝子障子に打ち煙っている日であった。
障子の外にはささやかな庭があって、そこからだらだらと渓川の縁へ下りられるようになっており、庭からその崖へかけて咲いている萩がもう散りかかってしたたか雨に打たれていた。
でも、箕面の方に移ってからは、もうそう長くないことが分ったので、前よりは頻繁に見舞いに行くことを許されたが、臨終の日は朝早く電話が懸って来、幸子達が駈け付けると間もなく息を引き取ったのであった。
それは、その数日前から降りつづいた秋雨がなおも降り止まず、瀟々と病室の縁側の硝子障子に打ち煙っている日であった。
障子の外にはささやかな庭があって、そこからだらだらと渓川の縁へ下りられるようになっており、庭からその崖へかけて咲いている萩がもう散りかかってしたたか雨に打たれていた。