それで、その人は橋寺福三郎と云い、静岡県の出身で、兄が二人あり、その兄たちも皆医学博士であること、独逸に留学したことがあること、住宅は大阪の天王寺区烏ヶ辻に借家していて、現在は娘と二人で「ばあや」を使って暮していること、娘は夕陽丘女学校に通っているが、亡くなった夫人に似て器量の美しい、素直らしい児であること、そんな次第で兄弟たちが皆相当な者になっており、郷里での名家であるから、財産もいくらか分けて貰っていることと思うが、当人も東亜製薬の重役をしているので可なりの収入があるに違いなく、生活は派手に見えること、風采も立派で、押出しが堂々としており、先ず美男子と云えば云える容貌であること、等々のことが知れ、案外条件が好いのであったが、年齢を聞くと、多分四十五か六ぐらいの筈と云い、娘の歳はと云うと、たしか女学校の二年生ぐらいと云い、外に女の兄弟は?
弟や妹は?
などと問うても要領を得ず、両親のあるなしでさえが、さあ、どうだったか知ら、と云うような答なので、だんだん聞くと、亡くなった夫人が丹生夫人の趣味の友達、―――﨟纈染めの講習会で親密になったと云うだけの関係で、あたし、お宅へは余り伺ったことがないのよ、だから旦那さんには奥さんの生前に一度と、お葬式と一周忌の時にお目に懸っただけじゃなかったか知ら、………今度のことで昨日お会いしたのが四度目ぐらいよ、と云うのであった。