彼自身では今急に再婚すると云う決心がついた訳ではなく、突然丹生夫人に、―――而も格別昵懇でもない夫人に、―――掴まって、考慮の時間も与えられずに臀を叩かれて出て来たものであるらしく、頻りに「困りましたなあ」とか「驚いたなあ」とか云っているのであるが、その当惑のしかたに愛嬌があって、此方に不快を感じさせるような所はなかった。
貞之助は暫く話しているうちに、この男がなかなか社交的に訓練された円みのある人物であることが分った。
出された名刺を見ると、医学博士の肩書があって東亜製薬の専務取締役とあり、自分でも「医者はいたしておりません、薬屋の番頭をやっております」と云っているだけに、いかさま当りの柔かな、応対の如才ない実業家タイプで、医者らしいところは余り見えない。