雪子も、以前のような気むずかしさはなくなったとは云うものの、生れつきの含羞みやはそう急に直るものではないので、井谷の忠告があったにも拘らず、その日も特に勤めているらしい風は見えず、受け答えのはきはきしないことは相変らずであった。
貞之助は気が付いて、毎年の京の花見の写真などが貼ってあるアルバムを持って来させたが、説明役は主に幸子が負わされて、たまに雪子と悦子とが傍から遠慮がちに補足を入れた。
幸子はこう云う時に妙子がいたら適当に諧謔を弄したりして座を浮き立たせてくれるのに、と思ったことであったが、同じ思いは恐らくほかの三人の胸にも潜んでいたであろう。