で、その時はそんなつもりもなく云ったのであるが、家内が昨日お話の薬を早速分けて戴きたいように申しますので、と云って訪ねて行く分には可笑しくあるまいと思案して、その日貞之助は少し早めに事務所を出て堺筋を歩いて行った。
会社と云うのは、堺筋から西へ一丁程這入った道修町通りの北側に、土蔵造りの昔風な老舗が多く並んでいる中で、それ一軒だけ近代風な鉄筋コンクリートの建物であるのが直ぐ眼に付いたが、奥から出て来た橋寺は、用件を聞く迄もなく、挨拶を済ますと丁稚を呼んで、これこれの薬とこれこれの薬を幾箱ずつ包んで提げられるようにして持って来るように、と云い付け、ここはお通しするような部屋もございませんから何処かその辺までお供致しましょう、ちょっとお待ちを、と、一旦奥に引っ込んで二三の店員に何事か命じて置いてから、外套も帽子も被らずに出て来た。
貞之助はその間五分ばかり店先に待たされたが、店員たちにものを云う橋寺の様子、店員たちのそれに対する態度などから判断すると、重役と云うことではあったが彼がこの店での一番えらい人であるように思えた。