貞之助も大阪の街の地理には相当明るいつもりだけれども、こんな所にこんな露地や料理屋があることを知ったのは初めてで、一と間しかない二階座敷の四方には、建て詰まった人家の屋根と、ところどころに聳え立つビルディングばかりが見え、いかにも船場のどまんなかと云う感じがする。
恐らく此処は道修町の商人たち、主として薬屋の主人や番頭が、客を連れて来て手軽な昼食を取ったり商談をしたりするための家なのであろう。
こんな所で失礼ですが今日はちょっと帰りに用事がございますのでと、橋寺は言訳するのであったが、貞之助は夕飯のもてなしに与ろうとは思いも寄らなかったので、そう云われると却って恐縮した。