で、これ以上働きかけるのは止めにして、次の日曜を待つことにしたが、その間に一遍丹生夫人から電話があった。
その後御主人が令嬢ともお会い下さったそうで、だんだん有望になって行くのは慶賀に堪えない、又今度の日曜には橋寺氏父子を御招待になったそうであるが、どうか皆さんで十分に款待して上げて下さい、分けて雪子さんは、最初に与えた「陰気」と云う印象を拭うように努めて戴きたく、これが一番心配であるから特に申し添えて置く、と云うのであったが、これで見ると、橋寺はその後の進展の模様を一々夫人に報告しているのであって、彼の方でも決してこの問題に冷淡ではないらしいのであった。
約束の日曜日には、朝の十時に父子で蘆屋へ来、一二時間家で遊んでから、主人側の四人と都合六人でハイアを神戸まで飛ばして、花隈の菊水へ行った。