と、井谷はいくらか自分自身の鬱憤を丹生夫人に托して洩らす気味もあって、相当手厳しい口吻であったが、何と云われても幸子は返す言葉もなかった。
それでも井谷は男のような気象であるから云うだけ云うと胸がすうっとしたらしく、あとはさらりと打ち解けて世間話をし、幸子が萎げているのを見ると、そんなに悲観なさらないでもよい、丹生夫人は兎に角、私は今後もお世話するつもりでおりますなどと云ってくれたが、なお余談として例の眼の縁が話題に出、橋寺氏は雪子お嬢さんに前後三回会っているのに、お顔のあれには全然気が付かなかったらしい、ただ娘さんが、あの人の顔にはシミがあると、帰って来てからお父さんに云ったので、へえ、そうかね、僕はちっとも知らなかったと、橋寺氏は云ったそうである、と、そんな話をして、だからあのシミだって御心配なさる程のことはない、少しも問題にならない場合もあるのですから、と云ってくれたりした。
この、前の日に神戸の元町でも橋寺を怒らしたと云う事実、―――幸子はこのことは遂に貞之助に云わないでしまった。