幸子は伝染病が恐いのと、夫への気がねとで、つい躊躇っていたのであったが、今はじっとしていられず、夫には何も云わないで、朝のうちにお春に案内させて行って見ることにした。
が、出がけに思い付いて櫛田医師を電話口に呼び、妙子が西宮の或る知人の家で発病したこと、事情があってそのままその家に臥かしてあること、その近所の斎藤と云う医師にかかっていること、その後の経過がかくかくであること、等を掻い摘んで話して意見を聞くと、そんな時にはリンゲルやヴィタカムフルをどんどん注射しなければいけません、放って置いては衰弱するばかりです、手後れにならないように早くお医者さんにそう云って、してお貰いなさいと云うので、事に依ったら先生に診て戴きたいのですが、と云うと、斎藤君なら知らない顔ではありませんから、予め諒解を得て下さればいつでもお伺い致しますと、例に依って気さくな挨拶である。
幸子は電話を切ってから、門前に来て待っていた自動車に乗り、国道を東へ走らしたが、業平橋を渡って数丁行くと、とある山側の邸の塀から枝をさし出した一本の桜が、早くも見事な花を着けているのに心づいた。