自分は安心すると同時に数日来の疲れが出て、それから二三時間もとろとろとしていたが、明け方の四時過ぎ頃に、いつもの腹痛と下痢が始まって、こいさんがえらい苦しがり出して、一人では手に負えなくなったので、啓坊が起しに来た。
自分はその時からずっと起きてしまったのであるが、今朝になって考えると、あの「米やん」と云ったのは板倉のことに違いなく、昨夜こいさんは死んだあの男の夢を見て魘されていたのである。
そう云えば、たしか板倉の死んだのは去年の五月であったから、そろそろ一周忌が廻って来る時分ではなかろうか。