蒲原は一種名人肌の外科医で、手術にかけては大なる自信があっただけに、病院は忽ち繁昌するようになり、数年ならずして蒔岡家から補助して貰った金の全額を、耳を揃えて一時に返却して来たが、その後も蒔岡家の家族や船場の店の店員たちが治療を受けに行くと、治療代を法外に割引して、何と云ってもそれ以上は受け取らなかった。
それは苦学生時代の恩義に報いるためであったことは云う迄もないが、もともと上総の木更津の生れである彼は、関東者らしい熱血漢で、親分肌の、情誼に厚いところのある、一風変った性格の持主なのであった。
で、この蒲原に事情を打ち明けて、彼の病院へ然るべき名目で妙子を入院させてくれるように頼んだならば、日頃の彼の気象として「いや」と云わないであろうことは明かであった。