それには幸い、蒲原医師も櫛田医師とは同窓で、懇意な間柄なのであった。
幸子は、マンボウの南の出口まで送って来た雪子に、これから帰って蒲原医師と櫛田医師とに当って見るつもりであること、何としても、病人の容態が斯様に悪化した以上、殊に斎藤医師の云うように万一の場合まで予想しなければならないのだとすると、病人自身が望むと望まないとに拘らず、もはや啓坊の家に預けて置く訳には行かないこと、そう云ううちにも油断はならないので、雪子は取り敢えず、斎藤医師を無理にも説き付けて、至急にリンゲルやカムフルの注射をして貰うようにすること、雪子で駄目なら啓坊に掛け合って貰うべきであること、などを云い置いて別れたが、帰宅してから蒲原医師を呼び出して頼んで見ると、案の如く蒲原は直ぐ承知して、特別室を用意しておくからいつでも連れていらっしゃいと云う返辞であった。
が、つづいて櫛田医師に懸けると、この方は忙しい人なのでなかなか掴まらず、患家先をそれからそれへと問い合せて漸く連絡がつき、その承諾が得られたのは夕方の六時過ぎであった。